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好きな映画、音楽について

【メッセージ/あなたの人生の物語】ヘプタポッドの言語ってこんな感じで出来てるんじゃない?

公開から1年以上経ってるけど最近またずっと映画「メッセージ」のことが原作小説含めて気になり出していた。というか初めて原作を読んだ時からずっと気になり続けている。

 

【以後、作品シナリオの核心に触れています】

 

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……去年のフジロック2017、2日目。コーネリアス登場前のステージ上スクリーンに投影された円環状のシンボルは、まさに映画「メッセージ」に登場するヘプタポッドのロゴグラムのようだった。

 

 

劇中のエイリアン: ヘプタポッドは、未来のことを既知として認識できる能力をもって世界を捉えている。噛み砕いて表現すると、「最終的にどうなるかが最初から分かっている」状態で生きている。

 

使っている言語によってその生き物の思考が既定されるという前提からすれば、ヘプタポッドの使用する言語は、文章のはじめから終わりまで全ての情報が同時に伝送されるような方式に則っていて、そういう言語を扱うために過去から未来までの情報を同時に保持できるということになる。

 

それって一体、どんな情報を届けるコミュニケーションになるんだろうか……?

 

 
<思考実験>

 

ピアノがある。

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ピアノでなくても、和音が鳴らせる楽器なら根本の原理的にはOK。

音階に言葉を割り当てておいて、

  • 主語を表す音
  • 述語を表す音
  • 目的語を表す音
  • 肯定/ 否定/ 疑問を表す音
  • etc...

を和音として同時に鳴らすことで、ひとつの文章を1個のコードで表現することを考えたい。1個のコードとして鳴らすことで、コードが伝わった瞬間に文章の全体像が届き、文章の結論が提示されることになる。これなら人間のように文章を頭から逐次的に処理していくのではなく「最終的にどうなるかが最初から分かる」様式に使えそうだ。

 

音で情報を伝達する方法にモールス信号があるけど、あれはトン・ツー・トン・トン・ツーという具合にリズムによって情報を表現しているので、結局逐次的処理が必要になる。だからリズムではなく、音階を利用することにこだわる。

 

以下のようにドレミファソラシドとド#、レ#、ファ#、ソ#、ラ#の合計12の基本の音階を「品詞」に割り当てる:

 

表1. 基本の音階に対する品詞等の割り当て (例)

 基本の音階  品詞
 ド  主語
 ド#  主語に対する修飾語
 レ  述語
 レ#  述語に対する修飾語
 ミ  目的語1
 ファ  目的語1に対する修飾語
 ファ#  目的語2
 ソ  目的語2に対する修飾語
 ソ#  補語
 ラ  補語に対する修飾語
 ラ#  肯定/否定/疑問/命令を決める語 
 シ  文型

 

 ドは主語を表現することにしたけど、具体的にどんな言葉を表すかはもっと細かい音階によって表現する。基本の音階のドが523.25 Hzのドだとして、以下のように「最も近い音はドなんだけど523.25 Hzよりちょっとズレてる音」を用意して言葉を割り当てていくよ。

 

表2. 詳細な音階に対する言葉の割り当て (例)

 音階に対応する周波数 [Hz]   対応する言葉 
 523.30  I
 523.35  You
 523.40  She
 523.45  He
 523.50  It
 523.55  We

 

0.05 Hzずつ周波数を変えて言葉を対応させているけど、もっともっと細かい刻みにしていくことで理論上は無限個の言葉を用意することが可能だ。とてつもなく緻密に調律できるピアノがいるね。


この考え方を推し進めていき、以下の8音をコードにすれば「28歳の私は刺激の無い人生を無難に選択するの?」という文章が表現できる。

 

表3. 例文                

 最も近い基本の音階    適当に決めた周波数 [Hz]   伝える言葉、文体、文型 
 ド  523.300   私
 ド#  554.374  28歳の
 レ  587.345  選択する
 レ#  623.264  無難に
 ミ  659.777  人生
 ファ  698.896  刺激の無い
 ラ#  422.221    疑問
 シ  493.900  SVO

 

同じ品詞の単語が複数必要な場合はオクターブ上の音を使うことで対処すればいいと思う。


原作小説の中でルイーズがヘプタポッドの出す音を「ずぶぬれになった犬が身をぶるっとやって体から水をふりはらおうとしている」と形容しているけど、それがつまり複雑な和音だとすれば、音階を分解することで情報を抽出できる (ルイーズが手配する「音響スペクトログラフ」は、まさしく周波数解析によってどんな音階が発せられているかを特定できるものだ)。


この形式に似たような何かを用いるとして、ヘプタポッドは文章の送り手が送信したい内容を (上記の例文でいうと8音を順番に処理するのではなく)一瞬で和音に置き換えて情報を伝送する。受け手はそれを一瞬で分解して理解する。それが可能なら、最終的な結果が最初の情報と同時に分かるようなパラダイムで生きていると言って差し支えないはずだ。

 

ロゴグラムにも話を広げちゃえー

作品の中ではヘプタポッドの音声言語と文字 ("ロゴグラム" と呼ばれた円環上のグラフィック)はぜんぜん関係がないように見える、ということになっているけどせっかくの思考実験なので関連付けてみようと思う。これまでの話の流れから、コードを2次元的に可視化すればいいだけだ。

 

以下のように基本の12音: ド、ド#、レ、レ#、ミ、ファ、ファ#、ソ、ソ#、ラ、ラ#、シをシンボル化する (アルファベットと#に線引いただけ)。

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この12シンボルを円環状に並べる。円周を12等分するとそれぞれのセクションが品詞などを表していることになる。回転させても同じ情報だ。

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で、前述の「基準の周波数からちょっと音階をズラす」操作の代わりに、それぞれのシンボルに線や点を描き加えることで単語の幅を持たせれば「28歳の私は刺激の無い人生を無難に選択するの?」はこんな感じに架空のロゴグラムで表現できたりするはず。

 

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ほら、これがエスカレートすればロゴグラムになりそうじゃん?

アルファベットに線引いたやつじゃなくて、抽象的な霞みたいなやつをベースのシンボルとして定義しておけばそれらしいものができそう。

 

実際には映画の中で登場するロゴグラムは、科学技術計算ソフトMathematicaでプログラミングされて生成されている。根本的な考え方がこれまでこの記事に書いて来たとこと通じているといいなぁと思う。

 

github.com

 

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ここへきて映画に絞ったコメントもちょろっと書いておきたい。
ドキュメンタリータッチでアナウンスが入るくだりが中盤で入る。 あのシーンは音楽の神秘的な雰囲気も相まって滅茶苦茶イイよね。人類が知らないことを知ろうとしていくことで扉が開いていく興奮と、分からないことが増えていく困難を想起させる冷たさがある。

 

で、その後で平原にいるイアンをルイーズが呼びに行くシーンがあって、

  1. ルイーズが宇宙船の方を見つめている
  2. イアンがルイーズに「ちょうど君のことを考えていたんだ (You know,I was just thinking about you)」と声をかける
  3. ルイーズが (何を言われるのか気になってちょっと驚いたみたいに)ワンテンポ遅れてイアンの方を振り向く
  4. イアンは「君のやり方は数学者みたいに緻密だ……」と仕事の話をする

という流れで運んでいく。3.の時点でドキッ とさせられつつ、なんだよ仕事の話かよぉ〜となった。(日本語字幕は2.で「君のやり方って〜」と出るのであんまり情緒がないのだが)

 

ちょっと驚いたみたいにワンテンポ遅れて振り向くっていうのは、この時点ではヘプタポッドの言語を習得できていないからこその仕草だ。イアンから彼が思っていることを聞くまで、彼のメッセージをルイーズは知ることができない。ストーリーの展開にバッチリ合った演出だ。

 

でも、もし仮に彼が何というか予め知っていたとしてもルイーズは同じようにリアクションするのかもしれない。


最終的な結果が分かっていても、この瞬間の続きが知りたくなるのが人生なのだから。

 

【レディ・プレイヤー1】Twitterの先の拡張世界、絵の中のメカゴジラ、同じ大地の上のガンダム。

レディ・プレイヤー1

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これ本当に凄い映画だよ。観た後の満足感・喜び・嬉しさがずっとずっと持続する感じがたまらない。版権キャラがたくさん出てきてそれだけで「‼︎」ってなる瞬間の連続だった。

 

本作で描かれてるOasis: 仮想現実世界って、自分にとってのTwitterを中心としたネットの楽しみ方の延長線上に想像力を広げてくれるような感じが良かった。という話をまずしたい。

 

【以後、作品シナリオの核心に触れています】

 

Twitterにおいて、自分がリアルで会ったことは無いけど共通の趣味・話題を持つ人を何人もフォローしてる前提の話。例えば自分がフォローしてる人にオオサンショウウオのイラストをアイコンにした音楽ファンがいたとする。

 

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 7月。オオサンショウウオ氏が「フジロック2日目。そろそろテントから出る」と呟いていたとする。それを見ると自分の頭の中では、上記のアイコンの姿のオオサンショウウオがテントから ズズズズズズズズ…… って這い出して行く光景が浮かぶんだよね。その人が実際はどんな顔してるのかイメージしきれないから、アイコンの姿でそのまま動いてるところを想像しちゃう。

 

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そして他にフォローしてる人でテディベアのアイコンの人が「今日はダフト・パンク楽しみですねー」とオオサンショウウオにリプライを送ったりしてると、僕の頭の中ではオオサンショウウオとテディベアがオオサンショウウオとテディベアの姿でビール飲んだりしながら「フジロックTL」という仮想空間を謳歌してる姿が脳裏に浮かぶんだ。で、オオサンショウウオとテディベアの中の人同士は以外と近場に住んでる同士だったりして。

 

この感じって既に、Oasisのようなアバター世界に感覚的には近いんじゃないかと思う。(今は僕の頭の中の勝手なイメージとはいえ)想像力が拡張する仮想世界で、一人ひとりが、その人が選んだ好きな姿で生活しているんだから。

 

だからOasisは人間を取り巻くネット環境の位置付けという意味では2018年の現実感と地続きの場所だと捉えている。本作では「ネットにばかり入れ込んでないで現実と向き合いなさいよー」みたいな使い古された説教臭いメッセージを発するのではなく、ネットだけの付き合いのつもりだった友人と勇気を出して行動を起こすことで、リアルの地平がこれまでにないカラフルな世界として拓けて行く。そういう現象が、多分今では現実世界でもTwitterのあちこちで起こっているんじゃないか。ネット上の付き合いには良いことも悪いこともそりゃあるんだろうけど、テクノロジーそのものに善・悪があるのではなく、自分が活きる現実世界をより良くするためにテクノロジーの力を他者と一緒に引き出せる人間が幸福な未来に辿り着ける。そんな希望が感じられる映画だった。

 

なんかいらすとや素材の使用によりめっちゃくちゃゆるい感じになったんだけど、ここからガンダム vs メカゴジラのシーンの話に移る。ゴジラファンかつガノタな男子の本領発揮だ!!

 

今回登場したガンダムメカゴジラも、それぞれ何通りものバージョンがあるメカで、その中で敢えて本作用に選ばれたデザインはなんだったのか について。

 
▪️1993年のメカゴジラ

メカゴジラという機体には1974年の「ゴジラ対メカゴジラ」版に始まり「Gフォース版 (1993)」「3式機龍 (2002、2003)」「アニメ版 (2018)」などのバージョンがある*1

 

それぞれのデザインはかなり異なる。今回レディ・プレイヤー1で登場したのは、1993年の「ゴジラ vs メカゴジラ (以下、「vsメカゴジラ」と表記する)」用のポスターに描かれたバージョンに近いデザインだった。「ポスターに描かれた」というのが重要で、vsメカゴジラ本編に登場した機体とは若干デザインが異なっている。言わばコンセプトアート版がポスターに登場していた。こんな感じの超シブカッコいいやつ。

 

 

このポスターバージョンの機体がいつか何らかの形で映像化されたら、スタイリッシュかつ無骨で絶対カッコいいだろうなぁって思っていた。それが今回、スクリーンで大暴れしてくれた。

1993年12月に公開された「vsメカゴジラ」は、同年の夏に公開されて大ヒットした「ジュラシック・パーク」を受けて「恐竜映画ではなく、最高の怪獣映画を目指す」という意気込みで作られた作品だった。実際改めてvsメカゴジラをレンタルで観てみたら、CGに頼らず特撮で表現されたゴジラの表情や戦闘シーンの迫力、格納庫から出撃するメカゴジラの威容は圧巻だった。そこから25年経った今年、T-REXメカゴジラも盛り込んだ「最高のエンタメ映画」をスピルバーグは作り出した。そんな風に、製作側がお互いにモチベーションを受け合っていくのってめちゃくちゃ熱くてイイよね。

 

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▪️台場に立ったガンダム

元々ガンダムのデザインというのは、武士が身につける鎧兜と甲冑をイメージしてモビルスーツのラインにフィットさせたものである。だからトシロウくんのアバターである鎧武者「ダイトウ」が変身し、身体性を拡張させた姿としてこの上なく自然だ。ビームライフルを使わずにビームサーベルだけでメカゴジラに挑んでいったのも日本刀を仮想的に拡大した武器で戦っているということで納得感抜群。

 

レディプレ劇中のガンダムは、右肩に「EFSF」左肩に「WB」というロゴが入っている(それぞれ「Earth Federation Space Force (=地球連邦軍)」「ホワイトベース」のこと)。このロゴマークの組み合わせってなんかのゲーム版を参考にしてるのかなと思って確認してみたら、答えは2009年にお台場に立った等身大ガンダムだった。

 

gigazine.net

 

この等身大立像にも右肩に「EFSF」、左肩に「WB」ロゴのマーキングが施されている。 僕も大学2年生の夏休み、東京でガンダム立像を観に行ったのを思い出した。翌年、東静岡駅前で展示されたので実家 (沼津)に帰るついでに観たっけな。そのときの写真。

 

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Oasisの戦闘で起動したガンダムは、スーパーマンの如くビュンビュン飛び回るヒーローだった。だけど肩には、かつて自分の目の前に立っていた等身大ガンダムと同じマーキングが施されている。あの時、自分と同じ大地の上に居たガンダムOasisで自由に飛べる機体として生まれ変わったような、アツい気持ちが心の中で沸き起こるような感じがする。

 

▪️激突する両雄とキャラクターの末路

そんな風にリアルな世界に実在した等身大ガンダムとの繋がりを持つトシロウ・ガンダムと共闘した主人公は、イースターエッグを手にしてハリデーに会い「リアルだけがリアルなのだ」という言葉に触れる。

 

一方、ポスターの中にだけ存在したメカゴジラを選んだソレントの野望は打ち砕かれ、彼の目論見は絵に描いた餅となってしまい現実のものとはならない。

 

こじつけみたいだけど、各機体のデザインの出所はそんな風に登場人物の末路ともリンクする。

 

……なんかメカゴジラはリアルなやつじゃなかったから まがい物でイカンという論調に取られてしまいそうだけどそんなことは決してなくて、絵の中にしか存在しなかった機体にあんなにカッコよく命を与えてくれる本作は改めて良かったなぁって思うんだよ。あのメカゴジラ起動シーンのカッコ良さといったらない。背骨からブワワワワワーッってさ。


改めて、本当に凄い映画だよ。

 

*1:

((メカゴジラについてはこの動画の解説がとても詳しい。


ゴジラ怪獣をゆっくり解説しようと思い立ってみる 第九回前篇

 

この「ゴジラ怪獣をゆっくり解説しようと思い立ってみる」シリーズは独特なノリとBGM編集が面白いので興味を持ったら最初から観るのがオススメ。

 


ゴジラ ゆっくり紹介 序章

 

【スリー・ビルボード】レッド君のオレンジジュース

2月11日に「スリー・ビルボード」を観てきた。
シネコンで15:45〜の回だったのだけどなんと完売。人気の高さが伺えた。

 

はじめはフランシス・マクドーマンド演じる主人公ミルドレッドの、強い意志の力を持った母という面に惹かれていた。けど話が進むにつれて、ことはそう単純でもなくて、「善も悪も立場・状況・見方によって変わってしまうものだ」という言葉ではよく知ってるつもりのことがキャラクターの悲痛な現実として迫ってきて、どうしようもない悲しさを描く一方で人の優しさ・暖かさが垣間見えるのがとても良かったと思う。
なかでも印象的なシーンについて取り上げたい。

 

【以後、作品シナリオの核心に触れています】

 

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(レッド・ウェルビー) 


火炎瓶投げ込みにより火だるまになったディクソンがミイラのように包帯を撒かれ、自分が暴行を加えたレッド・ウェルビーと同じ部屋のベッドで休むことになる。新しいルームメイトが自分の仇敵とは知らないレッドは「オレンジジュース飲む? ストローもあるよ」とディクソンに勧める。ディクソンはレッドを暴行したのが自分であると明かし、レッドは怒りに震える。

 

このくだりを劇場で観ていたとき、レッドがグラスに注いだオレンジジュースをディクソンにぶっかけて、傷口にジュースが染みる痛みにディクソンが悶え苦しむような絵面を予期してしまっていた。しかしそうはならず、ディクソンの方にストローを向けてグラスを置いてあげた。

 

ここですっごくじんわりした。怒りの連鎖を断ち切ったレッドの勇気に震える。レッドを暴行したディクソンが焼かれる展開には、因果応報とでもいうような納得感があったけど、「怒りはもっとひどい怒りを生むだけ。でも赦しと愛は、もっと大きな寛容さと愛おしさにつながっていく」という言葉*1が言い当てているように、レッドが暴力を捨てることによってディクソンを変えてみせた。

 

そのシーンで渡されるのが「オレンジ」ジュースというのがいいんだ。

 

道路脇に掲げられた3つの看板は赤地に黒文字だったけど、この赤は「怒り」のイメージとして使われていたと思う。そんな赤い看板に端を発するネガティブの連鎖で暴行を受けた、レッドの中に生まれた真っ赤な怒りをマイルドに抑えて、「明朗さ」「希望」を表す黄色をブレンドして出来たような「オレンジ」のジュース。橙色の「活力」「元気」のイメージが、ディクソンが回復してその後活躍していく展開ともリンクする。さらに色だけじゃなくて味についてもいうと、オレンジジュースの酸っぱさ・酸味が (レッドにとってもディクソンにとっても)自分の痛みが消えない悔しさとリンクしているように読み取れた。

 

"forgive" という単語は for (完全に)-give (与える)というのが語源で「赦す」という意味になっている ("forever"は for (完全に)-ever (どんなときでも)で『永遠』になる。そんな風に "for" は『完全』を表すらしい)。

 

自分を痛めつけた相手を赦す・復讐を放棄するというのは、暴力を受けたことを黙って見過ごすことではなく、この場合には相手の痛みにも向き合って、相手がその痛みから元気になるきっかけを与えることなのだと思う。ジュースを渡すなら、ただグラスに注いで置くのではなく、ストローを挿して、相手の手の届く場所に置いて、相手の顔の方にストローを向けてあげる……という行き届いた思いやりで、自分にできることを「完全に与える」ことこそがforgiveなんだと思う。そうやって「僕は君の敵じゃない」という想いをグラス一杯のオレンジジュースに乗せて伝えることで、酷く惨い世界にもやさしい光を灯すことができる。


レッド君を演じたケイレブ・ランドリー・ジョーンズは「ゲット・アウト」でジェレミー兄ちゃんを演じていたけど、主人公にハッサクないし夏みかんを彷彿とさせる黄色い固そうな玉で頭をぶん殴られていたはずだ。オレンジと繋がりの深い役者なのだろう (強引だけど)。

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(ジェレミーアーミテージ兄ちゃん)

 

 

 飲み物をプレゼントするシーンとして、ミルドレッドがレストランでワインボトルを提げて元夫 (と19歳のガールフレンド)のテーブルに向かうところもすごく印象深くて、あれもビンで元夫をバシーンと殴ってしまうんじゃないかとハラハラドキドキしながら観てた。そしたら「その子を大切にしなさいよ」と伝えてビンを置いていった。

 

この場面にもオレンジジュースのシーンと似た意味合いが見い出せる。相手に対する怒り・不満を抑えて、負の感情の連鎖をやさしさ・慈悲で包んで止めようとしてみせた。ワインだって酸っぱいしさらに渋みが加わるので、悔しさ・やるせなさは残る感じも通じている。


ただしオレンジジュースとワインでは時間・手間のかかり方が違っていて、それがミルドレッドにとっての苦難な時節の長さと重なるように思える。オレンジジュースは (実際の工程はそんなにシンプルでもないんだろうけど単純化すると)新鮮な柑橘をしぼったらできるけど、ワインはもっともっと長い時間をかけた発酵・熟成等のプロセスが必要になる。もちろんレッドの痛みがすぐに回復するということは無くて、横暴な警官に突然の暴行を受けたことで仕事が元のようにできるかどうかも定かでないし、後の人生にずっと残り続ける大きな心的外傷を負ったかもしれない。そういう点はオレンジジュースのようにリードタイムは短くない。いずれにせよともかく、レッドのトラウマはディクソンに急襲された日を起点とするものだ。

一方でミルドレッドにとっては、夫の暴力があったり、娘さんと口論していたり、娘は夫と住むべきなのかという葛藤を抱えたりと、家庭の問題として彼女の抱える苦しみ・痛みはレイプ事件の前々からあった。そんな昔からのことも含めて、長い期間いろいろあったことを受けても、元夫に怒りをぶつけるのではなく赦しを贈ったのがワインボトルを置くシーンだったと解釈している。実際にワインが生成できるほどの長い年月でもないかもしれないけど、レッドよりも人生経験の長いミルドレッドが、ジュースよりも長い時間をかけて生まれるワインのボトルを握っていったのは雄弁な演出だったと思う。


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ほか、この映画で印象的だった点。

■ミルドレッドの息子: ロビー役のルーカス・ヘッジス君。彼は「マンチェスター・バイ・ザ・シー」で複雑な年頃のティーンエイジャーを演じていて、それを刷り込みみたいにしてしまうのって良くはないんだろうけど「バイ・ザ・シー」での彼の役どころのイメージを持って本作を観ることで難しい家庭の印象がすんなり伝わってきた。そういえば彼が食べていたシリアル (ぶちまけられて髪に付着してしまう)はFruit Loopsだった。オレンジ、ワインときてここも果物。


■レイプ事件に遭った女の子の部屋にニルヴァーナの「イン・ユーテロ」のポスターがでかでかと貼ってあった。あれがめちゃくちゃいい。トガった女の子が聴いてそうというイメージもあるし、カート・コバーンが自殺する前に製作された最後のアルバムということもあって死・事件性を連想させる点も秀逸だと思う。「イン・ユーテロ」という単語は「子宮内」って意味なので経血・血肉から「赤」のイメージがある。看板は赤地だし、広告屋「レッド」って名前だし、何かと赤と関連づく。


■警察署でウィロビーとミルドレッドが話していて、会話の途中でウィロビーが吐血してしまうシーン。あそこで血を吐くまで、ウィロビーが喋っているときはくすんだ色の壁が背景になり、絵画的だった。絵というよりはむしろ、遺影のような静的なイメージに見えた。一方、ミルドレッドは窓の光を背にして座っている。自分の前に影ができるようなポジションだ。これは自分が選んだことがこれから自分に辛苦をもたらすことの暗喩のように取れた。

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オレンジジュースに話を戻す (雑談)。

日本の業界団体の独自ルールなのかもしれないが、オレンジジュースやグレープジュース等、商品名にジュースと書いていいのは果汁100%のものだけと決まっているらしい。だから100%より果汁含有量 (率?)が小さいタイプの商品はパッケージのどこにも「ジュース」とは書かれていない。小さい頃は果汁100%の「健康優良飲料でございます」的な優等生感よりも、なっちゃんバヤリースのジャンキーな親しみやすさの方が好きだった気がする。

 

今ではジュースよりもお茶を飲むことが多くなったのでオレンジペコ

 

ハッシュタグひとつで新しい扉が開いていったときのふりかえり

映画を観て感想をTwitterに投げるのは、手紙を詰めたビンを海に流しているような感覚だった。基本どこにも行き着かないけど、誰かが拾ってくれたらうれしいなぁという感じ*1

 

でも、神戸・元町のカフェで集まって今月のお題の劇場公開映画作品について語らう会: マンスリーシネマトークというイベント (主催の団体は cinemactif さん)に4月から参加するようになって、テーマの映画に対するいろいろな方の感想を直に聞くことで、より楽しくヴァイブを共有する体験を重ねることができた。4月〜9月の6回連続で参加したので振り返る。

 

【4月】

4月22日 (Sat)に「T2トレインスポッティング」をレイトショーで観た。とても面白くて、翌朝Twitterを見ていろいろな人の感想をチェックしていた。そんな中、ハッシュタグ「#T2トレインスポッティング」でこのツイートを見つけた。

 

 

イラストから、お手柔らかそうな雰囲気の会だから面白そうだな、という印象が伝わってきた。神戸までは自宅の最寄り駅から電車で30分程度で行けるので、足を運んでみようと思い立った。これが、マンスリーシネマトークとの出会い。

 

参加してみたところ和気藹々とした感じで、はじめてで緊張したけど面白かった。作品を支持する/支持しないを決めたうえで感想を語っていくということで、僕は「支持する」を選んだ。そのとき喋ったのは確かこんな内容だった:

 


政治集会のようなところにレントンとサイモンが侵入し、財布を盗んで逃走しようとしたところ否応なしにステージに上げさせられてしまうシーンが好きだ。サイモンがピアノを(弾けないんだけどテキトーなフレーズを繰り返すことで場を繋ぐように)弾き、レントンが思いつきの歌を載せることで場が一体になって盛り上がっていく。そして高揚感が最高潮に達したところで「Lust for Life (The Prodigy Remix)」が流れ、レントンとサイモンはダーーーッ!!と逃走する。

 

このシーンは、人前で即興で一曲披露して場を切り抜けるだけの度胸と才覚を身に着けた2人が、結局やんちゃなコソ泥らしく疾駆していくということで、「悪ガキらしさを保ったままタフになって帰って来た」感じがすごくいいなぁと思った。

 

ちなみにそれは、そこで流れたLust For Lifeのリミックスを手掛けたアーティスト、The Prodigyの活動の歩みと重なるところがある。彼らも1997年のアルバム ("The Fat of The Land")が大ヒットした後、メンバー全員がガッツリ取り組んだアルバム ("Invaders Must Die")が放たれる2009年まで12年の歳月があった。前線復帰作となったその2009年のアルバムには、まさしく「ワルそうな魅力はそのままに、剛くしなやかでビッグになって帰ってきた」感があった。だから彼らがLust for Lifeのリミックス版を手掛けるのは超納得。すばらしい人選だと思う。

 

初参加で緊張するのが目に見えてたので「このシーンいいよね」と語れるポイントを整理してから行こうということで上記のネタを仕込んで臨んだ。実際はもっと気軽に、その場で作品を思い返しながら喋っていく感じでOKだった。楽しかったので次回も参加することにした。

 
【5月】

お題は「メッセージ」。原作の小説「あなたの人生の物語」を読んでから観た人 or 映画からダイレクトに入った人 それぞれの感想を聞くことができた。僕は読んでから行った。この映画は圧倒的にすばらしい作品なのは間違いないんだけど、
・ヘプタポッドは、この先に何が起こるかを自明のものとしていること
・ヘプタポッドは、円環状の文字を使うこと
の関連性が映画からは読み取りにくくて、2次元的な表記法とは無関係な超能力みたいに未来が見通せる印象を与えかねないのは勿体ない気がした。そんな話をしたら、そこにどういう関連があるのかを僕なりに説明するということになった笑


2次元的な描画表現が時系列的逐次処理の概念を突破できるっていうのは、日本のマンガを例に出せばイメージしやすい。たとえば、登場人物が声に出して喋ってること (吹き出し)と心の中で思ってること (もくもくした吹き出し)を同時にひとつの画面 (紙面)に出せる強さがマンガにはある。活字や音読だったら、セリフと思惑のどちらかを先に処理して後から残りを伝達する形になるけど、絵なら両方同時にパッと出せる。

 

同様に、何人もの人が同時に誰か (聖徳太子みたいな誰か)に話しかけているシーンがあるとして、全員分のセリフを同時に画面に出すことができる。一人ひとりのセリフを逐一伝達していくのではなく「最終的にどうなるかが最初から分かる」伝え方ができる。ヘプタポッドの文字には書き順がなく、最終的にどうなっているかが最初から判っていなければ作り出せない。彼らはそれができるパラダイムで生きているから、あの円環文字が使える………と僕は解釈している。

 


【6〜9月】

それから9月まで毎月参加し続けた。5月の会の後、僕がスター・ウォーズ大好き野郎だということでcinemactifメンバーだったAyumiさんからお誘いがあり、元町映画館でのトークイベントに登壇させていただく運びとなった!

 

僕がイワキです。

 

 

 

これはAyumiさんだけでなく、#twcnポッドキャストのタキさんとも一緒に壇上で喋るという大変光栄な機会になった。

twcn.pw

好きなコンテンツについて魅力を発信するためのプレゼンの場に立てるという、貴重な舞台を踏めた。ご来場くださった方々、会場・元町映画館さんに改めて御礼申し上げます。

 

8月頃になると、マンスリーシネマトークの会場であるカフェ: ガトー・ファヴォリさんには何度も足を運んでいることから注文する飲み物が自分の中で固定化されてきた。いつも「季節のブレンド、フレンチ・プレス、ホットで」と言うことにしている (これはコーヒー)。店員さんが「メニューをお持ちしますね」と言い終わったくらいのタイミングで「季節のブレンド、フレンチ・プレス、ホットで」とメニューも見ずに唱えるようになっていた。

 

参加人数は会によって10人弱〜18人程度で変動するけど、行く度に新しい発見があり、ある点と思いもよらない別の点が繋がっていくような、それでいてふわりとした柔和な雰囲気の場になってるので楽しい。自分が作品と向き合った体験を、他の方の鑑賞体験を聞くことで見つめ直すことになる。

 

 

(ここから、映画の見方そのものに対する超個人的な印象論に入る)

 

 

「作品と向き合う」過程って、映画を観る行為を単純化して「作り手」「作品」「受け手 (=自分)」の3要素で捉えると、

1. 作り手と受け手の間には歩幅にして2歩ぶんの距離がある
2. 作り手は一歩前に踏み出し、地面に作品という旗を突き立てる

みたいなプロセスをまず思い描くんだよね。旗ってこんな感じ↓↓

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 そしたら受け手としては、上記の1&2が行われる様子を眺めてるだけでも面白いし、暇つぶしにもなるんだろうけど、自分からも前に一歩踏み出して、その旗に手が触れるように掴みかかるのが「向き合う」ために必要なことだと思ってる*2。この受け手側が手を伸ばすような能動的なアクションっていうのは決して大それたことじゃなくて、「好きな俳優が出てるからその役のシーンは見逃さないようにする」とか「予告編のあの場面が面白そうだからどこで使われるか楽しみに待ち構えとく」とか「〇〇さんが▲▲っぽいって言ってたけどマジなのか確かめに行く」とか、要はその人なりの楽しみ方のことだと捉えてる。場合によってはそれが、ディテールを読み解いて作品自体のテーマとの連関を見出そうとするようなするような作業になったりする。それはすごく楽しい。

 

そしてマンスリーシネマトークに参加するとね、自分の手がその旗に触れた瞬間の感触みたいなものがよりクッキリしてきたり、あるいは気づいていなかった暖かさ・冷たさ・湿り気・ささくれを後から発見できたりする。ある作品をテーマとして共有しながら自分以外の方の感想を肉声で聴くというイベントは、そういう効果をもたらしてくれると思う。テーマの映画に纏わる思い出として自分の中で暖かく膨らんでいく。

 

参加されてる方とは、立誠プロムパーティに一緒に行ったり、講談師: 神田松之丞さんが高座に上がるイベントで偶然出くわしたりして、マンスリーシネマトーク以外でも交流するようになった。要は、普通に生活する上で楽しいことが増えていった。そのきっかけは元をたどれば「#T2トレインスポッティング」のハッシュタグだった。

 

冒頭で「手紙を詰めたビンを海に流して~」って書いてたけど、直に伝えられる場に出会えてよかった。改めて、マンスリーシネマトークというイベントに、そして会を実施・運営されているcinemactifさんに心より感謝申し上げます。

 

そういうわけで、関西で生活するようになって来年で10年になるんだけど今年になって神戸という土地が本当に思い出深い場所になった。

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 さて、cinemactifには東京支部があり、東京でもマンスリーシネマトーク (その名もMCTT: MONTHLY CINEMA TALK TOKYO!!)が2017年11月から開催されている。是非チェックを。

 

2018年も、ビンを流していた浜から漕ぎ出たFriend Shipで、実り多き出会いがありますように。

*1:この比喩の元ネタは、音楽ライター: 田中宗一郎さんと柴那典さんの対談記事にある。リンク先で3分の2くらい読み進めたところの「批評は投瓶通信だから。要するに……」のところにインスパイアされた。 

silly.amebahypes.com

*2:「自分と相手の間には2歩ぶんの距離があって、受け取る側が一歩前に踏み出すことで作品が意味を持つ」というのは、BUMP OF CHICKEN藤原基央さんが2004年のアルバム「ユグドラシル」発売期にインタビューで語っていたことの引用。「旗」というモチーフは藤原さんの言葉にはなくて、BUMP OF CHICKENの楽曲「メロディーフラッグ」に僕がインスパイアされているだけの気がする。

ベストアルバム2017

今年よく聴いた音楽について。良かったと思うアルバムを9枚選んだ。順位もつけた。

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一枚ずつ紹介・レビューを書くにあたり、メジャーでないアーティストも挙げていると思うので各盤について【どんなアーティスト?】【どんな経緯でこのアルバムを知ったか】【ひとことコメント】は入れるようにした。アルバムと出会った経緯については「新しい音楽とどう出会っていったか?」という事例を振り返る意味でも残しておきたい。ちなみに去年のベスト。

 

itsalreadymorning.hatenablog.com

 

それでは、9位から順にあげていくよ


9. The Horrors「V」

 

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イギリスのインディー・ロックバンド。2007年にアルバムデビュー。本作が5枚目のアルバム。もともと2011年リリースの3rd「SKYING」はすごく気に入っていた。
今作はBOOM BOOM SATELLITESの中野さんがオススメしてはったのでチェックした。

 

アークティック・モンキーズ登場以降の2007年デビュー、つまりクラクソンズとほぼ同期のバンドで、活動休止や解散を1度もせずにアルバム1枚ごとに着実に前進してるのってホラーズ以外にはフォールズほか数えるくらいしかいないんじゃないだろうか。00年代後半のUKロックシーンをリアルタイムの洋楽の原体験としてきた自分には、あの頃にデビューしていたアーティストをこれからも追っていたい願望がある。ホラーズは残された希望だ。轟音ギターノイズと横ノリのダンス・ビートが組み合わさわり、上昇体験ではなく暗闇で腰を落として揺れ続けるようなトリップ感をもたらしてくれる。

 

ラストの「Something to Remember Me By」は大名曲。ニュー・オーダーからバトンを引き継ぎながら、ここから更に大物になっていくような勢いを感じさせる。

 

 8. Nothing But Thieves「Broken Machine」

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2015年にアルバム・デビューしたイギリスのロック・バンド。本作が2枚目のアルバム。サマソニに2015・2016の2年連続で出場していることもあり、名前はすっかり自分の中で浸透していたので気になっていた。今回の2ndアルバムリリースを機に改めて聴いてみた。

 

ダンサブルなポップスが全盛の今では珍しい、直線的なギターロックを堂々と演っている。パンクやガレージロックよりも重厚で、ヘヴイーロックよりも軽快……という絶妙なスピード感と重さがあり、「Nicheシンドローム」期のONE OK ROCKや「Liberation Transmission」「Betrayed」頃のロストプロフェッツに通じる稀有なバランスを感じさせる。加えてボーカルは、トゥー・ドア・シネマ・クラブとフローレンス・アンド・ザ・マシーンが出会った (!!)ような甘くて力強い唯一無二の美声を持っている。

 

そんな底抜けのポテンシャルが、速いテンポの曲でもバラードでも余すことなく発揮された渾身の2ndアルバム。この頃、Catfish and the Bottlemenをはじめとして若くて実力のあるバンドがUKからたくさん出てきているけど、Nothing But Thievesは抜きん出ている。

 

それにしてもこのジャケット、ガンダムUCバンシィみたいでカッコイイね。

 

7. サニーデイ・サービスPopcorn Ballads」

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2016年のアルバム「DANCE TO YOU」がとてもとてもよかったサニーデイ。本作は配信限定という話題性があったし、上半期ベストを選ぶときに挙げていた人も多かったので自然に興味が湧いていた。

 

7月中旬、ミニシアター・京都みなみ会館でジャン・リュック・ゴダール作品のオールナイト上映に映画ファン友達 (全員1989年生まれの同い年。うち2人は初対面)に行こうというイベントがあり、行きしなに聴いていたのを思い出す。青春だな。

 

冒頭の「青い戦車」「街角のファンク」「泡アワー」「炭酸xyz」からファンク、ヒップホップ、エレクトロニカが繰り広げられるけど実験性というよりもポップな伝わりやすさのあるトラックが続いていくのがいい。「炭酸」っていうモチーフはサニーデイの曲のイメージにバッチリ合うよね。前作の「I'm a Boy」を聞いた時に、さくらんぼ付きメロンクリームソーダみたいな甘酸っぱい爽やかさがが脳裏に浮かんだんだけど、そのイメージをキープしたままたリズムの工夫やサンプリングに手を広げていくサニーデイ、いいなぁと思う。アルバムの中でも「Summer baby」が好きだ。

 

6. Geotic「Abysma」

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「Baths」名義でエレクトロニカ・アルバムをリリースしていたLA出身のトラックメイカーによる別プロジェクト。

 

Bathsの作品では2010年リリースのアルバム「Cerulean」が特に好きだった。ノイジーでやかましいようで心が静かに落ち着いているような独特の雰囲気がある。雨の日が似合う。

 

上記ツイートには「アンビエント」にフォーカスしたと書いてあるけど、このアルバム「Abysma」はBPM120くらいの4つ打ちビートが常に鳴っている。ダンサブルというより、むしろシンプルなリズムの反復によって聴き手をトランス状態に誘う効果が大きいと思う。

 

シンセや電子ピアノ、ボーカルサンプリングを丁寧に折り重ねた浮遊感の強い音像が心地良くて、地平線まで広がる空飛ぶ絨毯に乗っているような気分になれる。そんな恍惚状態で方角を見失わないように、4つ打ちビートがガイドしてくれる安心感がある。

 

一定のリズムでビートが鳴り続けるっていうのは、約0.5秒後には同じ音が自分を受け止めてくれるループの中にいられるっていうことで、この瞬間がいつまでも続くようなキラキラした感覚に浸れることだと思っている。そういう安心感だ。曲数を重ねるにつれてポジティブな雰囲気が増して行き、見上げた大空が青く澄みきっていくような展開になっているのがいい。

 

そしてシュールな良いジャケットだ。

 

5. ヨルシカ「夏草が邪魔をする」

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ボカロP・コンポーザーのn-bunaがボーカル・suisを迎えて組んだバンドの第一作。初音ミクから生の女性ボーカルへ歌い手が変化しただけでなく、生のバンドの躍動感をより活き活きと響かせるようになった曲が並んでいる。

 

n-buna氏は元々DTMに取り組んでいたということで、リズムパターンの作りこみが面白い。時計のチクタク音やベルを組み合わせたビートが生演奏と同期した楽曲「雲と幽霊」は彼らしさが炸裂していると思う。

 

ボカロPとしての2ndアルバム「花と水飴、最終電車」も夏をテーマにした作品だったけど、「花水電車」が自分の不甲斐なさを痛感させられながらずっと空を見ているような切なさを湛えていた一方で、本作:「夏草が邪魔をする」には "それでもいいよ" と言ってもらえているような救いを感じる。

 

収録曲からPVが2曲分製作されたんだけど「靴の花火」は短編映画のようなイメージ、「言って。」は手描きイラストがダンスするアニメということで振れ幅が見事だ。

 

www.youtube.com

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4. Bonobo「Migration」

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イギリス・ブライトン出身、LAを中心に活動するプロデューサー・Bonoboの6作目のアルバム。本作も2017年上半期ベストを選ぶときランクインさせてた人が多くて、自然に興味が湧いていた。


今年の5月に公開された映画「メッセージ」を観た時、冒頭のシーンで、湖の上に一面に広がる灰色の空がひたすら美しく映っているのがとても印象的だった。そんな、色数の抑制された景色が情感を大きく掻き立てていくようなダイナミズムがBonobo「Migration」にはある。彩度の低いインクだけを使って濃淡を巧みにコントロールしながら精緻な絵を描いていくように、音階よりも音色自体の響きで聴き手を圧倒していく。Rhye・Miloshの歌声も生のギターの音も、ワールドミュージックを取り入れたビートの中で一体感を持って鳴っている。

 

Four TetやFloating Pointsも同様のテーマに取り組もうとしていると見ているけど、一枚のアルバムとして纏まった最良の答えの1つがこの作品だと思う。ちなみに色彩設計が豊かなBonoboがいる一方、空間コーディネートに秀でたトラックメイカーがJamie XXだと考えている。このままThe xxについて書いていこう。

 
 3. The xx「I See You」

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2009年にデビューしたロンドン出身のバンド、待望の3rdアルバム。 

 

元々The xxというバンドの魅力は、静けさの中でギターの単音フレーズが鳴っている美しさと寂しさにあると思っていた。でも、2015年のJamie XXソロ作「In Colors」により、彼が生み出す楽曲の魅力が

・遠くで鳴っている音がクリアに聴こえることで生まれる浮遊感
・音の隙間を作り、そこでノれるように誘う巧みなエンジニアリング

であることを実感した。ビートが鳴っている空間を想定した音作りにとても長けたプロデューサーなのだと思う。The xxのデビュー作および2nd「Coexist」にあったミニマリズムの逆を行くカラフルな曲であっても、同様の気持ち良さをトラックに宿すことができる手腕がJamie XXにはある。

 

その上で届けられた3rdは以前よりメロディがクッキリし、開放的な雰囲気に変化を遂げた。前作・前々作の、静かな暗闇で親密さが感じられる美しさが、光と風の中にあるような明るいイメージの曲でも有効に響くことが証明されたアルバムになった。Jamieの卓越した空間デザイン力と、メンバーの連帯感・信頼感が結実した結果だと思う。

 

今年は出張中に「あー、The xx観てぇなー」と思い立ち、7月10日頃になってフジロックに行くことに決めた。行ってよかった。

 

来年2月には幕張メッセ単独公演という破格の大舞台を踏むことになった (僕も大阪公演を観に行く)。次にフジロックに来るとしたらヘッドライナーを務めてくれると信じている。これからもどんどん楽しみになっていく。


2. w-inds.「INVISIBLE」

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みんな大好きw-inds.だ!! KEITAとRYOHEIとRYUICHIの3人によるダンス&ボーカルユニット。

 

僕は小学校6年生の時に生まれて初めて自分の小遣いで買ったCDがw-inds.のシングル「Try Your Emotion (2002)」だったのだけど (だってあれ滅茶苦茶カッコ良くて当時衝撃的だったぜ)、2017年に、あのw-inds.にここまで熱くなってアルバムを通しで聴きまくるなんて全く想像していなかった。2016年時点の欧米のトレンディなポップスを貪欲に取り入れて自分たちのモノにし、洗練されていながら音圧が強くなくて聴きやすい楽曲が並んだアルバムになっている。

 

去年、ベストアルバム2016で宇多田ヒカルについて「 "この人のチームに勝てる国内アーティストは誰一人として見つかりません" と降参せざるを得ないような、圧倒的な説得力がある」 と書いたんだけど、w-inds.橘慶太も相当スゴイことになっている。興味を持った音楽をスペクトラムアナライザで周波数分析してトラックメイカー&エンジニアとしての手腕を磨き、ハイトーンのファルセットが出せるように喉の筋肉を鍛え上げ、キレのあるダンスのために屈強な肉体を維持し、おまけに松浦亜弥の夫だ。最強かよ。

 

先行シングル「We Don't Need To Talk Anymore」をはじめ、近年の「曲のいちばん盛り上がるところは歌ではなく、歌声を加工したシンセ音のリフにする展開 (=ボーカルドロップ)」を取り入れている。それが単なる流行への追随ではなく、自分たちの武器を存分に活かせる選択になっているのがすごくいい。だってw-inds.は息の合ったダンスがカッコイイんだから、ボーカルドロップのところでは歌わないことで「踊りで魅せる」ことができる。ダンスはPVやライブ映像でしか見られないけど、メンバー3人の息がバッチリ合って生まれる上質なハーモニーや掛け合いがアルバムの随所で炸裂している。

 

アーティストの武器が存分に活かせる恰好のフォーマットを主体的に選択し、セルフプロデュースされたトラックを携え、あどけない少年に見えていた3人が自らJ-POPの未来を切り拓こうとしている。その道の続く場所は(きっと) New Paradise

 

1. LANY「LANY」

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 LAで2014年に結成された3人組のバンドによるファースト・フルアルバム。 サマソニでこのバンドを観た時クイックレポートを投稿させてもらった。

quickreport.hatenablog.com

 

このとき、「LANY」のLAはLos Angelesを指してるのかな? と考えてたけど後で調べたら正解だった。LAからNYまで、全米を制覇するという意気込みでこのバンド名になったんだって。

 

バンド編成で、シンセやシンセパッドやサンプラーを駆使したエレクトロニカ寄りの音楽を演っている。ドリーミーなポップという点でThe 1975に通じる魅力があり、音数の少ない楽曲デザインはThe Chainsmokersらを彷彿とさせる。それがトラックメイカー/プロデューサー目線の実験ではなく、ほぼ初めてのプロパーなバンドで、デビュー間もないバンドだけが持つ青春の煌きの中で鳴っている。

 

このバンドの夢見心地感は、恋に落ちたり思いが届かなくて落胆したりしてる状況のような、プリミティブで純粋なものだと思う(「IT」でベバリーにときめかざるを得ないあの感じだ)。

 

かつて実験性があると捉えられていた音楽が、若いバンドによって自然体のまま放たれる楽曲に宿るようなそんな状況がやってきた。そんなことでアツくなったのもあって、ハマって何度も何度もリピートした。

 

 

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というわけで年間ベストアルバム2017。年内にまとめることが出来てよかった。「今の自分はこういう音楽が好きなモードなんだ」という観点で選んだ。「この一枚がシーンに与えた影響って〇〇だよね」みたいなことは、3~4年してから見つめなおせばいいと今は思う。

 

ちなみに曲単位のベストはDJコントローラーでひとつのミックスにしてみました。

よろしくどうぞ

 

【新感染 (부산행)】誰かを犠牲にして前進し続けるのってシステム開発の現場みたいだ

「新感染 ファイナル・エクスプレス (Train to Busan)」について。

 この記事のタイトルから「仕事がゾンビ退治みたいな際限なきクソゲーでつらいお」という印象が醸し出されているかもしれないけど、せっかく良い映画を引き合いに出すので前向きな話に纏まるように書こうと思う。映画の中の舞台設定やセリフと、仕事で直面する業務の様相を関連付ける。

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システム開発・維持の仕事をしてると、過去に混入したバグが掘り起こされたり、急な客先の仕様変更要求が発生したりして、改修・リリース作業が後から後から沸き起こる。まるで次から次へと襲い掛かってくるゾンビを相手にしているみたいで、働いている限りそんな終わりの見えない消耗戦を続けなければならないのだろうかと思うことがある (品質管理と客先調整の不足によって案件が望ましく無い状態に転がり落ちてしまったケースなのだけど、業界的には結構よくある状況なのかもしれない)。

 

10月中旬、予告編が面白そうだったので映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」を観てきた。狂暴なゾンビが次から次へと襲い来る作品だった。

 

【作品概要を自分なりに要約】
韓国の高速鉄道: KTX。時速300 km台のハイスピード閉鎖空間で「ゾンビに噛まれるとゾンビ化する」という謎のウィルス感染症が爆発的に拡大。乗務員も乗客も次々と、人間を発見するや否や雪崩を打って襲い掛かる怪物に成り果ててしまった。娘を連れてKTXに乗車したサラリーマン: ソグ、屈強なコワモテおじさんのサンファと妊娠中の妻ソンギョン、そして野球部の高校生たちは、ゾンビに対して数でも暴力性でも圧倒的劣勢の中で、終点・釜山まで生き抜こうとする。


【主要登場人物紹介】
■ソグ
サラリーマンで妻と別居中。ソウルにいる母親に会いに行くため、娘とKIXに乗る。
(吹き替え声優は中村悠一だ!!)

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■スアン

ソグの娘。釜山にいる母親に会いたがっている。

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■サンファ
下記・ソンギョンは妊娠中の妻。

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このサンファではない (蛇足)

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■ソンギョン
(吹き替え声優は坂本真綾だ!!) 

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■野球部の少年、ヨングク

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■ヨングクの彼女、ジニ
(なんかこの子の顔すごくタイプだ) 

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ソグとサンファとヨングクがいるデッキから、スアンとソンギョンとジニのいるデッキとの間にはいくつかの車両があり、どの車両も感染したゾンビでいっぱいになっている。サンファの筋肉と男気と勇気を前面に押し出し、ソグがゾンビたちの習性を利用して出し抜くクレバーなアイデアを実行し、それぞれの大切な人に会えるようにゾンビ達に立ち向かう。メンズ達は身を危険に晒し、自分が犠牲になる危険性も厭わずに、狂暴な怪物たちでひしめく車内を切り抜けていく。

 

観終わってから、仕事の状況について改めて見つめ直してみた。システム開発の現場でも、誰かが犠牲になって道を切り拓かなくてはならない状況が常にある。目立ったトラブルがなくても「客先要望に曖昧さがあるので確認してほしい」とか「開発環境のライセンスの期限が切れるから延長手続きしてほしい」とか「バックアップ用ツール追加するからネットワーク構成決めてほしい」とか諸々のタスクがチームに次々と降りかかる。

 

そういうときには開発チームの誰か1人に「君はプログラムを触らなくていいから、いろいろ面倒なことを処理して、開発が前に進むように障壁を除去してくれ」という役割を担わせるパターンが適用される。システム開発というイバラの道を突き進むため、ナタを振るって前方の障害を除去させるべく誰かひとりに「犠牲」になってもらう。

 

前述のように不具合や仕様変更が次々と発生したなら、先頭の犠牲者は早期に対処方針や期限を決めて調整しなければならない。だから開発の現場は「仕事を押し付けられまくって過労寸前まで働いちゃうヤバイ人」という意味の犠牲が出なくても、誰かが犠牲になって回っている。

 

(この「犠牲」の人は、開発スタイルによっては「スクラムマスター」と呼ばれたりするけどそれはまた専門的な別の話。)


んで、情報システムを扱っている会社というのは若手社員にいきなりこの「犠牲」役: ナタを振るってイバラを落として進む役を与えたりする。単に人手が足りないとか、プログラミングは外注するから取りまとめが主な仕事になるとか、そういう事情により僕もそういうポストに収まってしまった (入社3年目から)。
とてもめんどくさい仕事だと常々思っている。

 

そんな中で観た「新感染」劇中、特に印象的なセリフがあった。父親同士であるサンファとソグの会話。ソグの家庭事情を知ったサンファはソグに

 

「父親ってのは (妻や子供に)反対されようが犠牲になるもんだ。」

 

と告げる。

これは「今、ゾンビだらけの車内では俺たちが戦わなくてはいけない」という状況と、普段の家庭生活の中で「父親という役割を全うするには、妻や子供に気に入られないことがあっても、面倒なこと・つらいことを引き受ける犠牲になる必要があるんだ」という暖かいアドバイスが重ねられたセリフになっている。

 

物語では最終的に、サンファは妻を・ソグは娘を勇敢に守り抜いてみせる。


それで気づかされたのだけど、前述の「誰か1人を犠牲にする」パターンで戦っている人物は、製品なりサービスなりが無事にリリースされるように「お父さん」役を任されていると言えるんじゃないか。自分がプログラムを書くわけじゃないから、ものづくりの楽しみとは無縁だ。だけど、そういう人がその開発現場を支える柱になっている。

 

自分がまさにそういう仕事をしているので「俺が柱なんだぞ」なんて大きなことはとても言えない。現場における父親 = 大黒柱と言えるような大きな存在にはなれる気がしないし、なれるとしてもきっとすごく時間がかかると思う。でも、自分の選択と行動によって、自分の後ろを誰かが歩いてくれるという確かな達成感をささやかでも抱いていいような実感が湧いた。映画によって業が肯定された気分だ。


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全然関係ないのだけどこの作品、登場人物が使ってるスマホはどれもiPhoneじゃなくてサムスンのでかいやつなので、流石韓国だなぁと思ってしまった。自分はずっとiPhone 5Sを使っているのだけど、他人から「電話だよ。代わって」とAndroidの大きめのやつを渡されると「重っ!!」てなる。でもそれは僕が貧弱なだけかもしれない。父性を発揮するには到底腕力が足りない。

 

【ベイビードライバー】母親役スカイ・フェレイラとBABYの生まれた時代のこと

いろいろな方がポッドキャストやツイートでBABYDRIVERについて語っている。僕もこの作品について考えていて書いておきたいことが生じたので記事化。

母親役をスカイ・フェレイラという女優さんがやっているのだけど、この人は2013年にアルバムデビューした歌手。シンセ・ポップとロックが溶け合ったようなドリーミーな雰囲気の曲を出している。
音楽活動以外にもモデル・女優をしているとてもセクシーなレディーだ。

 

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 超かわいい (画像によるけど)。
ちなみにタイトルが圧倒的なインパクトの曲を出している。

 

 

 

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このビッチ感溢れる母親から産まれたBABYが、純粋でいい子なデボラと結ばれるというストーリーラインだけでなんかもうたまらない。

 

スカイ・フェレイラの音楽についていうと、アルバム「Night Time, My Time」では輪郭がぼやけた甘い雰囲気の曲が多い。聴いていると、遠くにある何かを思い出しているような、時間の経過によって風化した景色を見ているような感覚に浸れる。

 

これってBABYが記憶のフィルターの彼方にいる母親を思い出そうとして、ファジーにざらついた母親像を脳裏に結んでいる様が自然に追体験できるようになってるじゃん!! と気づいた。ニクい人選だと思った。

 

ところでBABYが幼いときにiPod (キューブ型パッケージの第1世代のやつ)をプレゼントされていることから、彼の生まれた時代について推察してみよう。

 

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初代iPodがリリースされたのは2001年。プレゼントをもらったときには3歳前後くらいの子に見えたので、生まれを1998年と仮定。するとBABYが8歳頃のときにYouTubeがスタート (2006年)し、10歳あたりでSpotifyがスタート (2008年)している、そんな時代を生きてきた子ということになる。

 

(※劇中のスカイ・フェレイラが本物のスカイ・フェレイラだとすると、スカイ・フェレイラは1992年生まれなので10代前半に出産したことになってしまう。そこにリアリティは求めないことにしよう)


BABYがティーンになる頃には、ネットワークにアクセスすればジョンスペだってダムドだってクイーンだって聴き放題な時代に世界は突入していた。お気に入りのiPodに音楽を入れて聴く以上、PCにインポートするためにCDを買うなり借りるなりしてはいたはずだけど、探求するならネットが便利なツールになる時代になっていた。だから、彼がロックもブラックミュージックも好きなことに対して「そんな詳しいやついるかwww」とはならなくて、親がミュージシャンともなれば彼レベルの音楽オタクが誕生することは全然不思議じゃない。

 

さらに劇中では彼の聴いていた音楽としてソウルやヒップホップの曲もたくさんかかるけど、彼が思春期を送る2010年代前半〜中盤は、ブラックミュージックが新鮮な勢いと話題性を得てロックファンをどんどん虜にしていく時代だったと思う:

 

2013年、ダフト・パンク「Random Access Memories」がリリースされる。

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2014年、ディアンジェロ「Black Messiah」がリリースされる。

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2015年、ケンドリック・ラマー「To Pimp A Butterfly」がリリースされる。

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……他にもいろいろなアーティストが充実した作品を出してきた。そういうムーブメントの延長線上に、わたしたち観客が生きている現実の2017年があり、実際にブラックミュージックが強い勢いを持っている。

 

僕はもともとロックやテクノが好きだったけど、2010年代には上に挙げたような超話題作が続々と出てくるので段々そっちに興味が湧いてきていた。で、BABYDRIVERという映画において映像とマッチした抜群の快感を放つ楽曲群が「な、ソウルもヒップホップも超カッコいいだろ?」と改めて知らしめてくれた。映画サントラの楽曲のプレイリストをApple Musicで組んで聴くのももちろん、リアルタイムでリリースされる現代のブラックミュージックを聴くのが一層楽しくなった。

そんなきっかけをくれた、いい映画だ。 

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その他気づいた小ネタ (自分で既にTwitterで書いたこととかのまとめ)

  • ベイビーの本名は「マイルズ」であることがデボラからの手紙で明らかになるけど、マイルは走行距離の単位じゃん。流石ドライバーだ
  • テキーラ」のシーンの銃撃戦の後、アジトに戻りドクに「バナナ」という符牒について教えられるとDarlingがウケる〜wwと言って “♪This shit is bananas, B-A-N-A-N-A-S” とグウェン・ステファニー「Hollaback Girl」を口ずさむ。グウェン・ステファニーは、スカイ・フェレイラが影響を受けたアーティストの1人に挙げられているという点でBABYの生い立ちとつながる。
  • 冒頭の「Bellbottoms」では「♪ラッ・ドッ・レ・ファ・レ・ド……」というストリングスのキメが鳴るのだけど、その後アジトのシーンでBABYが聴いている「Egyptian Reggae」では同様の「♪ラッ・ドッ・レ・ファ・レ・ド・ラ〜」というフレーズが鳴る。そしてジェイミー・フォックスが参加する会議シーンの「Kashmere」では音階上がって「♪ドミソラソミド〜 (であってるかな?)」が鳴る、という風に曲間でフレーズがリレーされていく様に選曲されている。超イイ。
  • BABYはベイビーというだけあって、随所で産毛が映るように撮られている (あるいは撮った絵がそう見えるように諧調補正されてるのかな?)。車がプレスされるシーンでは口髭の端の方、デボラとワイン&ダインでディナーするシーンでは頰、あと作戦会議のシーンでは首筋……などなど。観てておもしろい。

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参考: 詳細な楽曲解説として、Jimmie SoulさんのJimmie Soul Radioを聴いて「なるほど!!」とうなずくことがたくさんありました。未聴の方は是非是非お楽しみくださいc(´ω`)p

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