もうGood Morning

好きな映画、音楽について

ハッシュタグひとつで新しい扉が開いていったときのふりかえり

映画を観て感想をTwitterに投げるのは、手紙を詰めたビンを海に流しているような感覚だった。基本どこにも行き着かないけど、誰かが拾ってくれたらうれしいなぁという感じ*1

 

でも、神戸・元町のカフェで集まって今月のお題の劇場公開映画作品について語らう会: マンスリーシネマトークというイベント (主催の団体は cinemactif さん)に4月から参加するようになって、テーマの映画に対するいろいろな方の感想を直に聞くことで、より楽しくヴァイブを共有する体験を重ねることができた。4月〜9月の6回連続で参加したので振り返る。

 

【4月】

4月22日 (Sat)に「T2トレインスポッティング」をレイトショーで観た。とても面白くて、翌朝Twitterを見ていろいろな人の感想をチェックしていた。そんな中、ハッシュタグ「#T2トレインスポッティング」でこのツイートを見つけた。

 

 

イラストから、お手柔らかそうな雰囲気の会だから面白そうだな、という印象が伝わってきた。神戸までは自宅の最寄り駅から電車で30分程度で行けるので、足を運んでみようと思い立った。これが、マンスリーシネマトークとの出会い。

 

参加してみたところ和気藹々とした感じで、はじめてで緊張したけど面白かった。作品を支持する/支持しないを決めたうえで感想を語っていくということで、僕は「支持する」を選んだ。そのとき喋ったのは確かこんな内容だった:

 


政治集会のようなところにレントンとサイモンが侵入し、財布を盗んで逃走しようとしたところ否応なしにステージに上げさせられてしまうシーンが好きだ。サイモンがピアノを(弾けないんだけどテキトーなフレーズを繰り返すことで場を繋ぐように)弾き、レントンが思いつきの歌を載せることで場が一体になって盛り上がっていく。そして高揚感が最高潮に達したところで「Lust for Life (The Prodigy Remix)」が流れ、レントンとサイモンはダーーーッ!!と逃走する。

 

このシーンは、人前で即興で一曲披露して場を切り抜けるだけの度胸と才覚を身に着けた2人が、結局やんちゃなコソ泥らしく疾駆していくということで、「悪ガキらしさを保ったままタフになって帰って来た」感じがすごくいいなぁと思った。

 

ちなみにそれは、そこで流れたLust For Lifeのリミックスを手掛けたアーティスト、The Prodigyの活動の歩みと重なるところがある。彼らも1997年のアルバム ("The Fat of The Land")が大ヒットした後、メンバー全員がガッツリ取り組んだアルバム ("Invaders Must Die")が放たれる2009年まで12年の歳月があった。前線復帰作となったその2009年のアルバムには、まさしく「ワルそうな魅力はそのままに、剛くしなやかでビッグになって帰ってきた」感があった。だから彼らがLust for Lifeのリミックス版を手掛けるのは超納得。すばらしい人選だと思う。

 

初参加で緊張するのが目に見えてたので「このシーンいいよね」と語れるポイントを整理してから行こうということで上記のネタを仕込んで臨んだ。実際はもっと気軽に、その場で作品を思い返しながら喋っていく感じでOKだった。楽しかったので次回も参加することにした。

 
【5月】

お題は「メッセージ」。原作の小説「あなたの人生の物語」を読んでから観た人 or 映画からダイレクトに入った人 それぞれの感想を聞くことができた。僕は読んでから行った。この映画は圧倒的にすばらしい作品なのは間違いないんだけど、
・ヘプタポッドは、この先に何が起こるかを自明のものとしていること
・ヘプタポッドは、円環状の文字を使うこと
の関連性が映画からは読み取りにくくて、2次元的な表記法とは無関係な超能力みたいに未来が見通せる印象を与えかねないのは勿体ない気がした。そんな話をしたら、そこにどういう関連があるのかを僕なりに説明するということになった笑


2次元的な描画表現が時系列的逐次処理の概念を突破できるっていうのは、日本のマンガを例に出せばイメージしやすい。たとえば、登場人物が声に出して喋ってること (吹き出し)と心の中で思ってること (もくもくした吹き出し)を同時にひとつの画面 (紙面)に出せる強さがマンガにはある。活字や音読だったら、セリフと思惑のどちらかを先に処理して後から残りを伝達する形になるけど、絵なら両方同時にパッと出せる。

 

同様に、何人もの人が同時に誰か (聖徳太子みたいな誰か)に話しかけているシーンがあるとして、全員分のセリフを同時に画面に出すことができる。一人ひとりのセリフを逐一伝達していくのではなく「最終的にどうなるかが最初から分かる」伝え方ができる。ヘプタポッドの文字には書き順がなく、最終的にどうなっているかが最初から判っていなければ作り出せない。彼らはそれができるパラダイムで生きているから、あの円環文字が使える………と僕は解釈している。

 


【6〜9月】

それから9月まで毎月参加し続けた。5月の会の後、僕がスター・ウォーズ大好き野郎だということでcinemactifメンバーだったAyumiさんからお誘いがあり、元町映画館でのトークイベントに登壇させていただく運びとなった!

 

僕がイワキです。

 

 

 

これはAyumiさんだけでなく、#twcnポッドキャストのタキさんとも一緒に壇上で喋るという大変光栄な機会になった。

twcn.pw

好きなコンテンツについて魅力を発信するためのプレゼンの場に立てるという、貴重な舞台を踏めた。ご来場くださった方々、会場・元町映画館さんに改めて御礼申し上げます。

 

8月頃になると、マンスリーシネマトークの会場であるカフェ: ガトー・ファヴォリさんには何度も足を運んでいることから注文する飲み物が自分の中で固定化されてきた。いつも「季節のブレンド、フレンチ・プレス、ホットで」と言うことにしている (これはコーヒー)。店員さんが「メニューをお持ちしますね」と言い終わったくらいのタイミングで「季節のブレンド、フレンチ・プレス、ホットで」とメニューも見ずに唱えるようになっていた。

 

参加人数は会によって10人弱〜18人程度で変動するけど、行く度に新しい発見があり、ある点と思いもよらない別の点が繋がっていくような、それでいてふわりとした柔和な雰囲気の場になってるので楽しい。自分が作品と向き合った体験を、他の方の鑑賞体験を聞くことで見つめ直すことになる。

 

 

(ここから、映画の見方そのものに対する超個人的な印象論に入る)

 

 

「作品と向き合う」過程って、映画を観る行為を単純化して「作り手」「作品」「受け手 (=自分)」の3要素で捉えると、

1. 作り手と受け手の間には歩幅にして2歩ぶんの距離がある
2. 作り手は一歩前に踏み出し、地面に作品という旗を突き立てる

みたいなプロセスをまず思い描くんだよね。旗ってこんな感じ↓↓

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 そしたら受け手としては、上記の1&2が行われる様子を眺めてるだけでも面白いし、暇つぶしにもなるんだろうけど、自分からも前に一歩踏み出して、その旗に手が触れるように掴みかかるのが「向き合う」ために必要なことだと思ってる*2。この受け手側が手を伸ばすような能動的なアクションっていうのは決して大それたことじゃなくて、「好きな俳優が出てるからその役のシーンは見逃さないようにする」とか「予告編のあの場面が面白そうだからどこで使われるか楽しみに待ち構えとく」とか「〇〇さんが▲▲っぽいって言ってたけどマジなのか確かめに行く」とか、要はその人なりの楽しみ方のことだと捉えてる。場合によってはそれが、ディテールを読み解いて作品自体のテーマとの連関を見出そうとするようなするような作業になったりする。それはすごく楽しい。

 

そしてマンスリーシネマトークに参加するとね、自分の手がその旗に触れた瞬間の感触みたいなものがよりクッキリしてきたり、あるいは気づいていなかった暖かさ・冷たさ・湿り気・ささくれを後から発見できたりする。ある作品をテーマとして共有しながら自分以外の方の感想を肉声で聴くというイベントは、そういう効果をもたらしてくれると思う。テーマの映画に纏わる思い出として自分の中で暖かく膨らんでいく。

 

参加されてる方とは、立誠プロムパーティに一緒に行ったり、講談師: 神田松之丞さんが高座に上がるイベントで偶然出くわしたりして、マンスリーシネマトーク以外でも交流するようになった。要は、普通に生活する上で楽しいことが増えていった。そのきっかけは元をたどれば「#T2トレインスポッティング」のハッシュタグだった。

 

冒頭で「手紙を詰めたビンを海に流して~」って書いてたけど、直に伝えられる場に出会えてよかった。改めて、マンスリーシネマトークというイベントに、そして会を実施・運営されているcinemactifさんに心より感謝申し上げます。

 

そういうわけで、関西で生活するようになって来年で10年になるんだけど今年になって神戸という土地が本当に思い出深い場所になった。

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 さて、cinemactifには東京支部があり、東京でもマンスリーシネマトーク (その名もMCTT: MONTHLY CINEMA TALK TOKYO!!)が2017年11月から開催されている。是非チェックを。

 

2018年も、ビンを流していた浜から漕ぎ出たFriend Shipで、実り多き出会いがありますように。

*1:この比喩の元ネタは、音楽ライター: 田中宗一郎さんと柴那典さんの対談記事にある。リンク先で3分の2くらい読み進めたところの「批評は投瓶通信だから。要するに……」のところにインスパイアされた。 

silly.amebahypes.com

*2:「自分と相手の間には2歩ぶんの距離があって、受け取る側が一歩前に踏み出すことで作品が意味を持つ」というのは、BUMP OF CHICKEN藤原基央さんが2004年のアルバム「ユグドラシル」発売期にインタビューで語っていたことの引用。「旗」というモチーフは藤原さんの言葉にはなくて、BUMP OF CHICKENの楽曲「メロディーフラッグ」に僕がインスパイアされているだけの気がする。